Home >Research >タンパク質合成系の試験管内再構成

まだ完成していませんが,少しずつ書きます.

コムギ由来タンパク質合成系の試験管内再構成

 タンパク質合成を触媒するタンパク質やRNA,それらの複合体を,ひとつの溶液の中に集めて,タンパク質合成を試験管内で行えるようにします.その際,コムギ由来の材料を使います.

試験管内再構成とは

 生物の中でおきる化学過程を理解するには,まず,どのような成分があるおかげでその化学過程が起こっているか,分析します.これによって,必要な成分がわかってきます.もし,その時点でわかっている,その化学過程を動かすのに必要な成分を試験管内に集めると,その化学過程が実際に動くのであれば,その化学過程が動くために十分な成分のセットがわかったことになります.動かない場合や,とても効率が低い場合は,その化学過程には他にも成分が必要である可能性がある,ということになります.そういうときは,他に必要な成分を探すことになります.

 そういう研究過程を通じて,その化学過程がより深く理解されることになるわけです.このように,成分を加えていって,注目する化学過程を再現することを,再構成と言います.それを試験管の中でやるのが,試験管内再構成です.

タンパク質合成系

 タンパク質合成系は,文字通り,タンパク質合成を触媒するタンパク質やRNA,タンパク質-RNA複合体(RNP)などの集まりのことです.「系」というのは,いくつかの因子・要素が集まったもので,それの内側と外側を一応区別できるもののことです.

 ただし,「系」には,「実験系」の意味もあります.ですので,「タンパク質合成系」という言葉には,いま定義した,タンパク質合成を触媒する因子の集合,という意味と,タンパク質合成反応が進む実験系,という意味があります.ここでは,前者の意味では,単に「タンパク質合成系」と言います.後者の意味の場合には,「無細胞タンパク質合成系」とか「再構成タンパク質合成系」のように,それが後者の意味だとわかるような修飾語を付けます.もちろん,実験系も「系」の要件は満たしているのですが,実験系は人工物です.「タンパク質合成系」を再構成すると「再構成タンパク質合成系」が得られるのですが,前者の系は生物を構成する因子の集合のひとつで,後者の系は実験系です.

 「系」の内側と外側は,一応,区別できることが前提なのですが,多くの系では,内側と外側の区別はあいまいです.というのは,「系」は,必ず,外側にある何かと相互作用します.「一応」区別できる,というのは,つまり,内側同士の相互作用が,内側と外側の相互作用よりも強い,ということになります.ですが,そんなことははっきりわからないので,どの因子がタンパク質合成系に含まれ,どの因子が含まれないかの区別については,それが可能と思っているだけです.どの因子までがタンパク質合成系に含まれるのかについてはきちんとした根拠はありません.

 「タンパク質合成系」という言葉の他に,「翻訳系」という言葉があります.これらは同義とも解釈できますが,「翻訳」は「タンパク質合成」よりも狭い意味で用いられることが多いと思います.ここでは,「翻訳系」が何を含むかはあいまいにしておきます.

コムギのタンパク質合成系

 これまでに,きちんと再構成されているタンパク質合成系は,大腸菌由来のものと,動物由来のものだけです.大腸菌由来の再構成タンパク質合成系はPURE Systemとして知られており,市販されています.酵母のものも,作ろうと思えばできるはずです.

 一方で,古細菌のタンパク質合成系は再構成されていません.古細菌のタンパク質合成系にはまだわからないことが多すぎます.ある程度以上は構成因子を理解してからでないと,再構成実験は現実的ではありません.古細菌のうちの特定の種のタンパク質合成系が再構成されると,地球上の殆どの生物のタンパク質合成系をよく理解できたことになると思います.ですが,少なくとも,細胞抽出液で安定してタンパク質合成ができるようでないと,再構成にチャレンジする気は起きません.

 そういう状況で,コムギのタンパク質合成を再構成しようというのが,このテーマです.ただし,動物の再構成タンパク質合成系ができる前から始めていました.

 当然ながら,コムギというのは植物であって,真核生物ですので,それのタンパク質合成系は動物のものとかなり良く似ています.真核生物の系統樹の上では,動物と植物はかなり遠い関係にありますが,真核生物だという点は一緒です.真正細菌と古細菌も含めた生物全体の系統樹を眺めてみれば,真核生物の間の違いなんて大したことはないかもしれません.

 プロテオサイエンスセンターのwebsiteを見ていただければわかるとおりで,コムギ由来無細胞タンパク質合成系は,タンパク質を合成する触媒としてとても優れています.特に,ヒトを含めた真核生物のタンパク質がよくできるので,ヒトの病気に関係するタンパク質や,薬を作るために解析すべきタンパク質を合成するための実験系として,極めて優れています.ですので,コムギ由来のタンパク質合成系に,強力なタンパク質合成能があることはまちがいありません.

再構成の先にあるもの