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まだ完成していませんが,少しずつ書きます(最終更新:250825).

コムギ由来タンパク質合成系の試験管内再構成

 タンパク質合成を触媒するタンパク質やRNA,それらの複合体を,ひとつの溶液の中に集めて,タンパク質合成を試験管内で行えるようにします.その際,コムギ由来の材料を使います.

試験管内再構成とは

 生物の中でおきる化学過程を理解するには,まず,どのような成分があるおかげでその化学過程が起こっているか,分析します.これによって,必要な成分がわかってきます.もし,その時点でわかっている,その化学過程を動かすのに必要な成分を試験管内に集めると,その化学過程が実際に動くのであれば,その化学過程が動くために十分な成分のセットがわかったことになります.動かない場合や,とても効率が低い場合は,その化学過程には他にも成分が必要である可能性がある,ということになります.そういうときは,他に必要な成分を探すことになります.

 そういう研究過程を通じて,その化学過程がより深く理解されることになるわけです.このように,成分を加えていって,注目する化学過程を再現することを,再構成と言います.それを試験管の中でやるのが,試験管内再構成です.

タンパク質合成系

 タンパク質合成系は,文字通り,タンパク質合成を触媒するタンパク質やRNA,タンパク質-RNA複合体(RNP)などの集まりのことです.「系」というのは,いくつかの因子・要素が集まったもので,それの内側と外側を一応区別できるもののことです.

 ただし,「系」には,「実験系」の意味もあります.ですので,「タンパク質合成系」という言葉には,いま定義した,タンパク質合成を触媒する因子の集合,という意味と,タンパク質合成反応が進む実験系,という意味があります.ここでは,前者の意味では,単に「タンパク質合成系」と言います.後者の意味の場合には,「無細胞タンパク質合成系」とか「再構成タンパク質合成系」のように,それが後者の意味だとわかるような修飾語を付けます.もちろん,実験系も「系」の要件は満たしているのですが,実験系は人工物です.「タンパク質合成系」を再構成すると「再構成タンパク質合成系」が得られるのですが,前者の系は生物を構成する因子の集合のひとつで,後者の系は実験系です.

 「系」の内側と外側は,一応,区別できることが前提なのですが,多くの系では,内側と外側の区別はあいまいです.というのは,「系」は,必ず,外側にある何かと相互作用します.「一応」区別できる,というのは,つまり,内側同士の相互作用が,内側と外側の相互作用よりも強い,ということになります.ですが,そんなことははっきりわからないので,どの因子がタンパク質合成系に含まれ,どの因子が含まれないかの区別については,それが可能と思っているだけです.どの因子までがタンパク質合成系に含まれるのかについてはきちんとした根拠はありません.

 「タンパク質合成系」という言葉の他に,「翻訳系」という言葉があります.これらは同義とも解釈できますが,「翻訳」は「タンパク質合成」よりも狭い意味で用いられることが多いと思います.ここでは,「翻訳系」が何を含むかはあいまいにしておきます.

コムギのタンパク質合成系

 これまでに,きちんと再構成されているタンパク質合成系は,大腸菌由来のものと,動物由来のものだけです.大腸菌由来の再構成タンパク質合成系はPURE Systemとして知られており,市販されています.酵母のものもありますが,開始反応を省略できる方法を用いており,また,tRNAのアミノアシル化反応については別に行うか,または,動物の酵素を使って行っています.

 一方で,古細菌のタンパク質合成系は再構成されていません.古細菌のタンパク質合成系にはまだわからないことが多すぎます.ある程度以上は構成因子を理解してからでないと,再構成実験は現実的ではありません.古細菌のうちの特定の種のタンパク質合成系が再構成されると,地球上の殆どの生物のタンパク質合成系をよく理解できたことになると思います.ですが,少なくとも,細胞抽出液で安定してタンパク質合成ができるようでないと,再構成にチャレンジする気は起きません.

 そういう状況で,コムギのタンパク質合成を再構成しようというのが,このテーマです.ただし,動物の再構成タンパク質合成系ができる前から始めていました.

 当然ながら,コムギというのは植物であって,真核生物ですので,それのタンパク質合成系は動物のものとかなり良く似ています.真核生物の系統樹の上では,動物と植物はかなり遠い関係にありますが,真核生物だという点は一緒です.真正細菌と古細菌も含めた生物全体の系統樹を眺めてみれば,真核生物の間の違いなんて大したことはないかもしれません.

 プロテオサイエンスセンターのwebsiteを見ていただければわかるとおりで,コムギ由来無細胞タンパク質合成系は,タンパク質を合成する触媒としてとても優れています.特に,ヒトを含めた真核生物のタンパク質がよくできるので,ヒトの病気に関係するタンパク質や,薬を作るために解析すべきタンパク質を合成するための実験系として,極めて優れています.ですので,コムギ由来のタンパク質合成系に,強力なタンパク質合成能があることはまちがいありません.

これまでにできていること/できていないこと(250825)

 ようやく今年度になって,mRNAとコムギ由来のリボソーム,翻訳伸長因子,翻訳終結因子,tRNA,およびアミノアシルtRNA合成酵素(ARS)を用いた試験管内再構成翻訳系を発表することができました.ただし,上記の酵母の系と同じで翻訳開始反応が省略できるようにIRESと呼ばれる配列をmRNAの上流側に導入する必要があります.また,ARSとしては,20種類のうち16種類のみ利用可能です.残る4種類は単離された形で調製できていません.

 このままでも,タンパク質合成の詳細なメカニズムを解析するための,いくつかの実験が可能です.ですが,20種類のアミノ酸を含むポリペプチドを合成できないのは,かなり大きな制約です.ですので,残り4種のARSを単離・精製することが,次の大きな課題です.
 実は,いくつかのARSが,大腸菌組換え法でうまく取れないことは最初から織り込み済みでした.うまく取れないものは,別の方法で取る,ということについては,最初からそういうつもりでした.大腸菌で取れなかったものは6種あり,IleRS,ValRS,ThrRS,AsnRS,LysRS,CysRSです.このうち,ThrRSは,大腸菌組換え法でもほんの少しなら取れるのですが,あまりにも少ないのでボツにした,というところです.ThrRSとValRSはコムギ胚芽無細胞合成法でなら,うまく合成・精製できます(ValRSには少し余計なタンパク質が着いくるなど,問題点もあります).一方で,上で取れていないと言っている4種,つまり,残りのIleRS,AsnRS,LysRS,CysRSは,コムギ胚芽無細胞合成法をもってしても,うまく取れません.
 いくつかのタンパク質が組換え法で取れないことは最初から予想していて,その場合には,胚芽タンパク質画分を更に物理的に分画して,単離・調製すればよいと思っていました.これは,2006年頃に考えていたことです.ただ,当初はARSが4種も残るとは想像していませんでした.なぜなら,大腸菌では,ARSはかなり調製しやすい,大量合成しても問題なくほとんど可溶性画分に回収されるタンパク質ばかりです.ここまで来るのに18年もかかってしまった主な原因は,ここの見込み違いです.最初は,ARSの20種類は,2年くらいでできると思っていました.

 翻訳開始反応についても,それぞれの因子の調製がかなり大変で,まだできていないことがたくさんあります.eIF1, eIF1A, eIF4A,eIF4B,eIF(iso)4G,eIF5については,大腸菌組換え法で,一応,それらしい可溶性のものが取れています.このうち,eIF4の各タンパク質についてはお互い同士の結合活性に関しては最低限の確認ができています.またeIF1についても活性の確認ができています.eIF1AとeIF5については,今手元にあるものでどのように活性を測定していいか,困っているところです.また,eIF2, eIF2B,eIF3,eIF5Bについては,まだうまく調製できていません.このうち,eIF2BとeIF3についてはそれらしいものを含む画分を得ることはできていますが,活性測定ができていません.

 翻訳終結反応に関しては,既存の再構成系には,eRF1とeRF3という,ペプチド鎖乖離因子だけしか含まれていません.実際にはリボソームをリサイクルするための因子があるので,そういうものも,再構成翻訳系に含めるほうがよいのですが,それはかなり難しいことがわかっています.そういうものがなくても,ポリペプチドはリボソームから外れているので,とりあえず保留しています.最終的には内部で合成するのかな,などと考えています.

再構成の先にあるもの(250825)

 それで,今後どうしたらよいかの前に,再構成できたら何がよいのかを,書いておきたいと思っています.ですが,長くなるので,別のページにします(できたらリンクを貼りますが,まだできていませんし,いつになるかわかりません).

あと4年でやりたいこと(250825)

 高井はあと4年半で定年退職になってしまいます.定年退職になったら,そのあとは,研究の続きをやるつもりは全くありません.どうしてかというと,自分自身,なぜこんなに自分に向かない道を選んでしまったのか,後悔はしていませんが,不思議に思っているからです.もっと自分に向いた職業があったかもしれないとは思っていませんが,生化学研究に関しては,センスがなさすぎて残念な思いをするばかりなので,定年後まで続けたいと思えていません.
 そこで,どうするか,ですが,あと4年半で,とにかくこの試験管内再構成翻訳系で,タンパク質が作れるようにしたいです.現状,16種のアミノ酸しかつなげられないのですが,20種扱えるようにしたいと思っています.そのうえで,うちの研究室くらい設備のない研究室でも実施できる実験系として,多くの研究者が使えるようなものにしたいです.

 そのためには,残り4種のARSを単離・精製しなくちゃいけません.その方法は,単純に,胚芽から分画することが第一です.これがいちばん確実です.そもそも,最初から,そう考えていたのです.上に書いた通り,組換え体を使ってうまく単離・調製できないタンパク質は,胚芽から分画・精製すればよいと,最初から思っていました.つまり,最後の手段というやつです.
 まず,純度は低くてもいいので,IleRS,AsnRS,LysRS,CysRSが主に含まれている画分を得て,それらを使って,20種類のアミノ酸に翻訳できる再構成無細胞翻訳系をつくります.そのうえで,それぞれの純度を上げる工夫をする,ということになると思います.

 とにかくそれが,今やりたいことです.ここまでできたら,あとは,誰かやりたい人に託す,ということになります.誰も受け取ってくれないかもしれないですが...